吉田鋼太郎のシラノと黒木瞳のロクサーヌ

23日の夜、久しぶりに日生劇場に足を運んで、「シラノ・ド・ベルジュラック」の舞台を観てきました。「ラ・マンチャの男」以来の日生劇場での観劇です。1963年10月、ドイツオペラを杮落しに、今年で55周年。同劇場は建築家村野藤吾の代表作で、客席天井が優美な曲線で構成されている上、アコヤ貝が散りばめられていて、他の劇場にはない幻想的な雰囲気が楽しめます。初めて「オペラ座の怪人」をこの劇場で観たときは、劇場空間と舞台のベストマッチに感激したものです。

さて、本題の「シラノ・ド・ベルジュラック」(1897年初演)、日本ではミュージカル形式では上演例があるようですが、本格的な舞台となると近年記憶にありません。主人公のシラノ・ド・ベルジュラックは、本国フランスでは大変人気のあるキャラクターだそうです。これまで観る機会がなかった上に、吉田鋼太郎(シラノ)VS黒木瞳(ロクサーヌ)というまたとないキャスティングに惹かれて、チケットを手配したというわけです。

物語は、剣豪で詩人のシラノが密かに憧れる従姉妹のロクサーヌの前にクリスチャンという美少年が現れ、その三角関係を中心に展開します。ところがクリスチャンは口下手で上手くロクサーヌに思いを伝えられません。そこで黒子となったシラノが次々と愛の言葉を紡いでロクサーヌの心を揺さぶります。クリスチャンに代わってシラノがヒロインのロクサーヌに求愛するバルコニーシーンは、「三大バルコニーシーン」といわれるのだそうです。舞台を観て合点がいきました、さながら「ロミオとジュリエット」や「ウェストサイド物語」です。

前半、吉田鋼太郎さんはド・ギッシュ伯爵が放った刺客相手に「百人斬り」の大立ち回りを見せてくれます。オペラグラスを通して見ると額には大粒の汗が、醜男に扮するためのつけ鼻のせいでしょうか。そして声は相当にしゃがれています。この日はマチネもありましたから、無理もありません。一本気で熱血漢で曲がったことを許せないシラノ役に吉田鋼太郎さんはうってつけでした。

一方、黒木瞳さんは想像以上にお美しい!可憐な舞台衣装がぴったりです。1960年生まれとはとても思えません。客席に男性のふたり連れを結構見かけましたが、むべなるかなです。宝塚娘役トップだった彼女の台詞まわしや表情は、宝塚ファンならずとも、一流だと感じさせられます。手紙を諳んじるシーンでは聞き惚れてしまいました。

ふたりの舞台での初共演が実現したのは、吉田鋼太郎さんのラブコールがきっかけだそうです。スマホの普及で肉声が軽んじられる現代、美しい愛の言葉が紡ぎだす世界は舞台だけではなく現実で取り戻したいものです。

この不朽の純愛物語に彩を添えたのは、楽士として下手でピアノを演奏した清塚信也さん。シラノの紡ぎだす言葉は、ときに軽快なときに重厚なピアノの調べと素敵なハーモニーを奏でていたのです。