高麗屋三代同時襲名:「熊谷陣屋」はいつ観ても泣けます

2ヶ月連続の高麗屋三代同時襲名興行にどっぷりと嵌っています。昨夜は、「熊谷陣屋」、「芝居前」、「仮名手本忠臣蔵」七段目の3演目でした。

今月は草間彌生さんデザインの<祝幕>が舞台正面を飾っていました。モダンなデザインながら黒地の背景に草間さんらしい鮮やかな色彩が映えて、見事なアートと伝統芸能のコラボではありませんか。とくと写真下をご覧下さい。

襲名披露口上は所謂「芝居前」でした。舞台左右に一列に並んでの先月の口上とは異なった趣向で、舞台を江戸時代の芝居前に見立てて、幹部役者が男伊達と女伊達に扮して襲名披露を寿ぎます。幕が上がった瞬間、華やかな舞台のしつらえに観客席がどよめきました。オリンピックの聖火台や高麗屋の四つ花菱紋を役者たちが演じてみせたりと何とも賑やかな口上でありました。

劈頭の「一谷嫩軍記」三段目「熊谷陣屋」はいつ観ても泣かされるお気に入り演目のひとつです。先ず、陣幕に注目です。遠目で見ると漢数字の八に見えますが、目を凝らすと親子の鳩が向かい合った図柄(「向かい鳩」)だと分かります。余談になりますが、銀座五丁目鳩居堂の祖先は熊谷氏だそうで、この図柄が入り口を飾っています。

陣幕からして切ない親子の別れを暗示するアイテムなのです。陣屋に戻った熊谷直実(十代目幸四郎)の目に真っ先に入るのは桜の枝を切ることを禁じた制札。「一枝を伐らば、一指を剪るべし」、花を惜しむ主君義経は皇統に連なる身分の若武者平敦盛(清盛の甥にあたります)の命を救えと直実に密かに命じていたのです。直実がやむなく身替わりとしたのは初陣を控えた息子小次郎でした。制札がこの演目のもうひとつの重要な小道具となって、義経菊五郎)の首実検を前にした見せ場へと繋がっていきます。芝居は「制札の見得」でクライマックスを迎えます。

幕開け、須磨浦で直実が敦盛を討ち果たしたと聞き知った藤の方(雀右衛門)が悲嘆にくれます。やがて、敦盛の遺した笛をお方様が吹けば敦盛の幻影が現れます。そんな劈頭の平敦盛母子の別れが一転、直実と息子の初陣に駆けつけた妻相模の悲痛な現実となるわけです。息子の首を抱きかかえた相模(魁春)のクドキに思わず涙目になってしまいました。

愛息を喪い失意のなか、直実は剃髪し僧形となります。幕切れは、直実が「十六年はひと昔。ああ夢だ、夢だ」と絞り出すような声でつぶやき、陣太鼓の鳴り響く戦場をよろめきながら立ち去ります。運命の歯車が息子と過ごす歳月をわずか16年で断ち切る無常を、新幸四郎が迫真の演技で表現してくれました。