「武四郎涅槃図」の世界

世田谷区岡本2丁目にある静嘉堂文庫美術館を久しぶりに訪れました。国宝天目茶碗三点の最高峰稲葉天目を所蔵することでつとに知られる美術館です。なんと言っても立地が素晴らしい。切り立った国分寺崖線の一画、岡本静嘉堂緑地にあって、戦後は手つかずの自然が維持されたせいか、取り巻く周辺環境は申し分ありません。丘陵の豊かな緑と住民には些か不便な急坂がいつ訪れても新鮮に感じられます。

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今回は北海道の名付け親として知られる松浦武四郎の生誕200年記念展を鑑賞してきました。2013年以来の武四郎展鑑賞です。静嘉堂文庫は膨大な古典籍や古美術品を所蔵する専門図書館として有名ですが、総数900点に及ぶ松浦武四郎旧蔵コレクションも所蔵しています。今回の展示資料の多くは、静嘉堂文庫自慢の古美術品とは必ずしも似つかわしくない考古遺物の類で、正直、違和感を覚えます。コレクションの調査にあたった静嘉堂文庫の司書の方によれば、収蔵に至った詳しい経緯は不明だそうです。さりながら、岩崎彌之助(写真:胸像)の私邸を手掛けた大工棟梁柏木貨一郎が武四郎とも親交があり、その縁で彌之助が一括で買い取ったと考えても不合理ではありません。

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13年間に6回も蝦夷地にわたり、アイヌ人と深く親しく交わり、現在の北海道だけではなく樺太北方四島に関する膨大な著書を遺した松浦武四郎の旧蔵コレクションに目をつけた三菱財閥第二代総帥彌之助の慧眼や恐るべしです。

松浦武四郎記念館(松坂市)が所蔵する「武四郎涅槃図」に登場する多彩な古物の実物を鑑賞できたのが今回の一番の収穫でした。武四郎と生前、深い親交のあった河鍋暁斎(1831〜89)に5年の歳月をかけて描かせたという「武四郎涅槃図」、その奇想天外な発想には脱帽です。さながら当世流行りの終活ではありませんか。自分が手元で愛で慈しんだ石仏、地蔵菩薩立像、西行法師坐像などなど、大好きなものに囲まれて死地を迎えたいという願いを涅槃図で生前に実現してしまう松浦武四郎の稚気、愛すべしです。完成した時期は全国から古材を集めて拵えた書斎「一畳敷」が完成した年と一致します。

涅槃図は「北海道人樹下午睡図」とも呼ばれ、河鍋暁斎の代表作に数えられ、重文に指定されています。今年は、涅槃会で京都三大涅槃図を観たばかり。会場では残念ながら「武四郎涅槃図」は複製だったので、いつか、松阪の記念館を訪れて、オリジナルを拝もうと思っています。