新生「龍吟」で頂くディナーの味わい

今年8月、六本木から東京ミッドタウン日比谷に移転してきたばかりの「龍吟」を訪れました。弟弟子奥田透さんの「銀座小十」は名物大鰻食べたさに幾度か訪れていたのですが、特に外国人に人気が高いと噂の六本木「龍吟」はなんとなく敷居が高い感じもあって結局行かず仕舞い、気がつけば新しい日比谷のランドマークにお引越しを済ませていたというわけです。予約を入れた金曜日の夜は生憎の雨。連れが和装で行きたいというので、愛車を出動させる羽目に。ミッドタウン日比谷のB3の駐車場に車を滑り込ませると、スタッフが丁寧に立体駐車場へと誘導してくれました。駐車場から7Fにある「龍吟」まではエレベーターで直行です。私たち以外の乗客はTOHOシネマのあるフロアで降りてしまったので、7Fでエレベーターの扉が開くとまるで孤高の頂きに招かれたような空気が立ち込め、これから始まる和の饗宴に自然と胸が弾みました。シックな黒い内装の左手のれんをくぐるとレセプションです。食後に支配人に案内されて知ったのですが、その先には二羽のシベリアワシミミズクが出迎えてくれる素敵な待合空間が存在します。次回は予約時間の15分前にこちらで待ち合わせてディナーに臨みたいと思いました。

六本木のときから客席数は16増えて40席。それでも、新装「龍吟」の予約は容易ではありません。六本木店との比較が出来ないのが残念ですが、移転の最大のハードルは前述のシベリアワシミミズクが一緒にお引越し出来るかどうかだったそうです。案内されたのはレセプションからまっすぐ西に向かうダイニング(5席)、店主直筆の扁額を背に連れが着席、自分はネイビーブルーのテーブルクロスを挟んでその向かいに座りました。すでに右手には中国人女性客ふたり、しばらくすると背後にアメリカ人カップル一組が座り、次いでアフリカ系カップル一組がやって来ました。私たち以外は外国人という非日常空間に「龍吟」のグローバルな声価を感じ取りました。内装は申し分なく、天井には雲龍図が描かれ、入口を挟む形で設えた障子がとても印象的です。レセプションの方向へ目を遣ると、茶室のエントランスを思わせるアールの意匠が露地を想起させます。

飾り皿にも龍があしらわれ、店主のこだわりは細部に及んでいます。お食事を前に非日常空間にすっかり魅了されてしまいました。シャンパーニュと柚子のソーダで乾杯したあとは、ゆったりとしたペースで食事が供されていきます。メニューの入った封筒には静嘉堂文庫美術館所蔵国宝稲葉天目がプリントアウトされ、テーブルに用意されたグラスの底には冠雪した富士山が造形されています。プレリュードとしての和の演出は日本人ならずとも唸ってしまうことでしょう。

前菜から始まり、魚はお造り2種、秋味を代表するサンマや松茸を使ったお料理も秀逸でした。ミシュラン最高峰だけにどの一品にも技巧が散りばめられた結果、やや食材の素の味わいが犠牲になっているような贅沢な不満もむくむくと頭を持ち上げ、サンマは焼き魚にスダチだけで食べたいと思った次第。お肉料理は蝦夷鹿のステーキ、備前のお皿によくお似合いでした。デザートは2種、ジュレに黒イチジクそしてミニ鯛焼きでした。料理と食器が奏でるハーモニーはまさに北大路魯山人の世界(説明不要:写真をご覧下さい)、和食の頂きを堪能させて頂きました。今日一には鱈の白子の唐揚げ(断面写真は上記)を挙げておきます。今回はドライバーだったので飲酒はNG、次回は若鮎や大鰻の季節に訪れて、純米吟醸酒を店主自慢の江戸切子で頂きたいものです。