スペクタキュラーな舞台「駄右衛門花御所異聞」〜海老蔵と觀玄くんの宙乗りは二幕目第三場〜


三連休最終日の夜は歌舞伎座へ。演目は成田屋としては170年ぶりの復活上演となる通し狂言「駄右衛門花御所異聞」、手元の新版歌舞伎大事典にも紹介されていない演目(原作は「秋葉権現廻船話」)だったので、受付で筋書を買って開演前にざっと目を通した次第。イヤホンガイドは肝心な場面で役者の肉声を拾いにくいこともあって、なるべく避けるようにしています。

七月歌舞伎のチケットの売出開始日は6月上旬、祝日夜の部でトチリ席のすぐ後ろあたりの11列目が入手できたので、それほど話題になってはいなかったように思います。発売時のチラシには海老蔵、右團次、中車の名前があるだけでした。

先月、Bunkamuraシアターコクーン海老蔵さんは「石川五右衛門外伝」の舞台を務めあげたばかり。千穐楽の直前に麻央さんが亡くなってしまったので、歌舞伎ファンならずとも間髪入れず歌舞伎座で初役に挑む海老蔵さんを応援したいと願うのは人情というもの。そこへ、長男堀越觀玄くん(4歳3か月)がお父さんと一緒に宙乗りに初挑戦するとあっては・・・出足こそ緩慢だったチケットは瞬く間に完売になったようです。

さて、肝心の演目についてご紹介しておきましょう。発端に次いで、序幕、二幕、大詰めの三部構成。筋書には人物相関図が挿入されているくらいですから、多彩な登場人物の相互関係はなかなかに複雑です。遠州月本家では当主の弟が遊女を側室に迎える一方で、当主を欺いて本家乗っ取りを謀ろうとする当主の叔父が登場します。その背後には海老蔵演じる日本駄右衛門(盗賊です)が暗躍し、月本家から家宝の紀貫之自筆の古今集と三尺棒を盗み取ってしまいます。

将軍家(足利将軍)は古今集紛失を咎め、領地を没収しようと月本家に上使を派遣します。駄右衛門は共に謀った分家の主を殺害し、蘇生の秘術に用いられる三尺棒を使って天下取りを狙います。


窮地に瀕した月本家当主はすべて駄右衛門の仕業とみて、火伏の神である秋葉大権現に家名再興成就を祈願、觀玄くんが登場するのは、海老蔵演じる秋葉大権現が使いの白狐を招き寄せる場面です。花道七三で立ち止まった觀玄くん演じる白狐は、「觀玄白狐御前に」と高らかに発声します。秋葉大権現が「参るぞよ」と云えば、白狐は「はー」と応じて、いよいよ宙乗りです。19:30あたりでしょうか、觀玄くんを抱きかかえた海老蔵さんは三階席までゆっくりと移動していきます。觀玄くんは観客に手を振る余裕もみせ、「十四代目!」「かんげんくん!」という歓声には掛け声で応えてくれました。


お母さんの死から1ヶ月も経っていないというのに、初の宙乗りもこなして見事な役者っぷりです。さらに驚いたのは、海老蔵さんの役者魂です。七月大歌舞伎では昼夜三演目に六役を務め、そのすべてが初役だというではありませんか。連日のハードな舞台稽古が終われば、妻麻央さんの看病とお子さんふたりのケアが待っていたわけです。その強靭な精神力と市川宗家として歌舞伎界を背負って立たんとする気概にはただただ敬服するばかりです。いつも感心するのは海老蔵さんの眼力、さながら歌舞伎の神様が憑依したような眼差しでした。

舞台はいよいよ大詰め、駄右衛門は三尺棒を使って甦らせた死者を従え、天下取りの準備に余念がありません。花御所で福引き遊びに興じる将軍のもとへ駄右衛門は高僧に化けて現れ、玉座に就いて高笑いし、やがて御所に火を放ちます。そこへ秋葉大権現が登場して、その加護によって御所は元の姿を取り戻し、将軍息女の婚儀を理由に駄右衛門は罪を赦されます。捲土重来を期する駄右衛門が三段に乗っての幕切れとなります。

舞台装置も見どころ満載、遠近法を採り入れた月本館やお茶屋の設えが要所要所で効果を発揮します。大詰めでは、廻り舞台を使って、炎上する花御所が秋葉大権現の加護によって元の姿に戻る場面転換を巧みに演出します。総じて趣向に富んだスペクタキュラーな舞台でした。歌舞伎十八番でも長年演じられなかった演目を復活させた海老蔵さん、今回の挑戦は見事な成功を収めたと云っていいでしょう。

最後にこの父子の共演を心から待ち望んだ麻央さんのご冥福を衷心よりお祈りしたいと思います。麻央さん、觀玄くんは立派に白狐役を務めましたよ!