初夏を感じる有職菓子御調進所老松の「夏柑糖」

今年も「夏柑糖(なつかんとう)」の季節の到来です。去年は夏みかんが不作だったせいで早々と「夏柑糖」の製造が終了し、夏みかんの代わりにグレープフルーツを使ったお品しか手に入りませんでした。例年、伊勢丹地下の売り場で入手するのですが、夕方には写真のように完売してしまいます。

週末、2年ぶりに「夏柑糖」を味わうことができました。この「夏柑糖」とは、明治41(1908)年創業の老松(京都・上七軒)を代表する涼菓のことです。純粋種の夏みかんの中身をひとつひとつ丁寧にくり抜いて、絞った果汁と寒天を合わせて再び皮に注いで作られます。すべて手作業だそうです。



とても上品な涼菓ですが、写真のように、四つ一に切ってガラスの器に盛っても素敵です。甘酸っぱい香りを愉しみながら、スプーンで掬って頂きます。酸味とほろ苦さのバランスが絶妙で、ゼリーとは違った寒天のやさしい食感が堪えられません。

老松の夏の名物といえば「夏柑糖」。戦後、物資の乏しい時代に上七軒に通う旦那衆のために、老松の庭にあった夏みかんで作ったのが始まりなのだそうです。夏みかんは非常に酸が強いため、なかなか寒天が固まらず人知れぬ苦労があったと聞きます。

今や、夏みかんは貴重品。本来の名前は「夏代々(なつだいだい)」といいます。グレープフルーツの輸入自由化以降、政府が甘夏(甘夏は夏みかんの枝変わり種)への作付け転換を奨励したため夏みかん農家が減ってしまったからです。老松は、萩(山口県)の農家を一軒一軒回って、樹を夏みかんに戻すよう依頼し、種の保存に努めてきたといいます。そんな背景を知るとますます「夏柑糖」のファンになってしまいそうです。