『季題別中村草田男全句』を購読する

長谷川櫂の『俳句の宇宙』(花神社)以来でしょうか、久しぶりに俳諧に関する書籍を購入しました。大型書店に出向かないかぎり、句集や歌集なんて手に入りません。中村草田男の全句集が刊行されたことを知り、早速買い求めました。

昭和の俳人で誰が好きかと問われれば、真っ先に中村草田男の名を挙げるでしょう。きっかけは彼の代表作のひとつ、

<萬緑の中や吾子の歯生え初むる>

に触れたときに遡ります。これほど鮮烈に生命の息吹を詠んだ句を他に知りません。萌え出ずる新緑と透き通るような我が子の生え初めし乳歯との色彩のコントラストも見事です。初めてこの句を玩味したとき、乳歯で一番最初に生える歯は何だろうとふと思ったものです(答えは下顎に生える「切歯」です)。この句によって王安石の「石榴詩」に登場した「萬緑(万緑)」という言葉が広く知られるようになり、新しい季語として定着したのだそうです。さきの長谷川櫂も<万緑やどの道をどう行かうとも>と詠んでいます。

中村草田男とは浅からぬ縁を感じています。毎年、初詣に訪れる深大寺境内には萬緑の句碑があり、中村草田男は我が家から徒歩圏にある成蹊大学で定年まで教鞭を執っていました。全11614句を所収した本書を手にして、成蹊学園にも句碑があることを知りました。学園創立100周年記念行事の一環で2011年11月に同園西側の美しいケヤキ並木沿いに建立されたものです。早速、写真を撮ってきました(写真下)。

<空は太初の青さ妻より林檎受く>

という句が刻まれています。

終戦後の食料の乏しい時期、学校の寮に家族と共に身を寄せていた頃に詠まれたそうです。物資の乏しい時代にありながら、宙を見上げれば太初から変わらぬ青空が拡がり、そっと妻が差し出した真紅のリンゴに作者は妻の愛情と共に生命の躍動を感じたのでしょう。戦後、作者が再出発を心に誓った瞬間に生まれた句ではないでしょうか。研ぎ澄まされた五感がなければ成立しない作品です。

俳句の大前提、季題について中村草田男を次のように述べています。

「日本人にとって、季題は、共通の符牒のようなものであって、それに接すれば誰でもいろいろな連想を鮮やかに豊かに心の中に繰り展べずにはいられないのです」

「俳句は季題というモノによってコトを表す日本独特の象徴詩です・・・」

季題2540余りを収めた本書をときどき紐解いて季節感を新たにしたいものです。数ある句作のなかからとりわけ心に響いた句を書き添えておきます。教え子が学徒出陣するに際して、詠まれた句だそうです。

<勇氣こそ血の塩なれや梅眞白>

季題別 中村草田男全句

季題別 中村草田男全句