元英国人アナリストの日本人への不満〜書評『新・所得倍増論』〜

掲題著者デービット・アトキンソン氏は、バブル崩壊後の日本の金融機関が抱える巨額の不良債権問題を指摘して、一躍有名になった元ゴールドマンサックス証券の金融アナリストです。リーマンショックの前年、同社を退社して、2009年に小西美術工藝社(本社港区)の社長に就任しています。当時、同業者だった彼が意外な転身を図ったことにかなり驚いた記憶があります。この会社が国宝をはじめとする文化財の修復を手掛ける会社だったからです。異色の転身のきっかけは、軽井沢の別荘の隣人だった小西美奈さんに一度修復の現場を見てみないかと声をかけられたからだそうです。

その後の彼の活躍は広くメディアで報道されているとおりです。去年の秋、アトキンソン氏の仲介で115年ぶりに龍安寺に戻ったという群仙図襖絵六面を特別公開期間中に見ました。本来、日本人がなすべき文化財の里帰りという仕事を英国人が立派に果たしたというわけです。

そんな畑違いの転身を果たしたアトキンソン氏の最新刊が『新・所得倍増論』です。前々作の『新・観光立国論』(第24回山本七平賞受賞作)に続いて、切れ味抜群の所得倍増論を展開してみせます。日本だけが特別という意識を捨てないかぎり、日本の将来は危ういと氏は云います。グローバルな視点で改めて日本を俯瞰してみる必要がありそうです。日本の生産性は世界27位(先進国中最低)、近年注目を浴びているノーベル賞の受賞者数も人口が半分のイギリスの後塵を拝しています(母国語が英語ですから学会発表でイギリスが有利なことは歴然、この点は素直に頷けませんが・・・)。統計数字を使って説得するあたりは、元金融アナリストらしいところです。

小西美術工藝の担い手たる職人にも手厳しい評価を下します。インプット(給与)は経済原則どおりの要求をする一方で、アウトプット(成果)は職人気質の常で口を出さないで欲しいという態度は合理性がないと容赦なく撥ねつけます。同感だったのは、依然として銀行窓口が15時で閉まるという日本の金融機関の不思議、算盤を使って勘定をしていた時代の陋習を今も改めないこうした点に日本の生産性が上がらない理由が集約されているように思います。

小さい頃から一生懸命勉強して、就職しても毎日長時間会社で過ごし、有給休暇も完全に消化できない日本人労働者・・・悔しくありませんかとアトキンソン氏は問い掛けてきます。成果主義という言葉には努力を否定するようなネガティブな響きがありますが、少ないインプットで大きなアウトプットを産むことだと考えれば、作業の効率化を中心に日々の労働のあり方を再検討する余地は大いにありそうです。本書の後半で女性の労働生産性にも言及されていますので注目です。

今後、人口減少がもたらす様々なネガティブインパクトを克服して、日本が成長を遂げるためにはどうすれば良いか、本書にはその処方箋が詰まっています。『新・観光立国論』同様、「気候」「自然」「文化」「食事」という4つの要素を満たした国は世界でも稀有な存在、その日本が成長出来ないはずはありません。そんな自信を取り戻せば、自ずと途は拓かれるのかも知れません。

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論

デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論