老犬を看取る日まで

最近、東急田園都市線沿線に住む同世代の女性Mさんから相談を持ちかけられて、少々戸惑っていることがあります。Mさんは知人の姉にあたり、その知人から紹介を受けて相談にのっている格好です。突っ込んで聞いてみれば、Mさんのご主人が事業に失敗して多額の借財を負わされ、近々夫婦で自己破産を申請しなければならない状況にあるとのこと。取引先が詐欺まがいの計画倒産を仕掛けてきて、裁判で争ったものの、逆に被告に自己破産されて資金回収の目途が立たなくなったようです。

幸い、Mさんのご両親はご健在で資力もあるようなので、自宅を売却した上で、親御さんから経済的支援を受けて住み替えを検討なさっています。お願いされた役割は、あらたに借りる戸建て住宅の賃貸借契約のレビューです。法的なポイントは幾らでもアドバイス差し上げられるのですが、悩ましいのは、Mさん宅にいる2匹のゴールデンレトリーバーのことです。生まれて3ヶ月の頃、縁あってMさん宅にやってきたゴールデンレトリーバーは兄妹で、先月10歳の誕生日を迎えたのだそうです。犬種別年齢表によれば、10歳の大型犬は人の年齢に換算すると66歳にあたります。Mさんが殊の外かわいがっている雄犬は、心臓に深刻な病を抱えていて、いつまで命がもつか分からないらしいのです。

先の経済的窮状を招いた原因は専ら夫にあるだけに、Mさんの心は千々に乱れます。ここからは想像するしかありませんが、夫婦の間にすきま風が吹き始めていることはそれとなく分かります。夫婦間でお互いにレスペクトがなくなると、どうしたって家庭はぎくしゃくします。外野の勝手な言い草ですが、自宅売却を機に、夫婦が別々の人生を歩んだ方が第2の人生は豊かなものになるような気がしてなりません。Mさんもそう願っているように見えます。

ところが、愛する老犬をどちらかが引き取るかという現実的な話になると、なかなか踏ん切りがつきません。亭主が働いている間、老犬を病院に連れて行ったりと世話をするのはMさんの務め。啖呵を切って、一度は家を飛び出す覚悟を決めたMさんですが、愛犬への思いに後ろ髪を引かれて実家に戻るまでには至りませんでした。どうやら、愛犬の寿命が尽きるまで、ふたりは共に暮らしていくことになりそうです。今年、話題になったAMAZONのCMに、ゴールデンレトリーバーがたてがみをつけて赤ちゃんと心を通わすシーンが登場しましたが、見方を変えれば、先住犬が独り占めしてきた愛情を赤ちゃんが奪ってしまうわけです。人間社会とワンちゃんの共生というのは、なかなか一筋縄ではいかないものですね。愛犬家には失礼至極と承知の上であえてこう言いたい。人と同様に長寿化するワンちゃんの面倒を最期までみられるのかどうか、犬が高齢化したときの自分の年齢、健康状態、家庭の経済状況をよくよく検討した上で飼う飼わないの選択をしなければいけないのではと?先のCMに登場するゴールデンレトリーバーの表情がどこか淋しげなことに、赤ちゃんの両親は気づいているのでしょうか・・・