書評:『医者とはどういう職業か』

医者や刑事を主人公に据えたドラマは枚挙にいとまがありません。交番のおまわりさんならいざ知らず、刑事となるとその実像はなかなか見えてきません。いつの世も刑事ドラマの類いが、凶悪犯罪と無縁の日常生活を送っている一般視聴者の関心をさらうのには合点がいくというものです。刑事はともかく、交通違反以外で警察官のお世話になった方も珍しいのではないでしょうか。

一方、医者はというと誰しも健診などで厄介になりますからどちらかというと身近な存在です。にもかかわらず仕事の中身はなかなか見えてきません。

日赤医療センターで化学療法科の部長を務める里見清一氏の新著『医者とはどういう職業か』を読むと、ベテラン医師の本音トークを通して、医者という人種の輪郭がおぼろげながら見えてきます。

白い巨塔』のイメージが頭にこびりついているので、大学医学部を頂点とするヒエラルキーの下、特に下っ端の医者は大変だという先入観が拭えません。ところが、10年前に新医師臨床研修制度ができて、2年間の研修が義務づけられると共に月30万円程度の給与が保障されることになり、医者を取り巻く環境は変容しつつあるようです。

大学病院の医局制度は一部の地方を除いて姿を変えつつあると云えます。人事権を盾に医者の運命を差配した医局制度はどうやら過去のものになっているのだとか。関西の医大に通う次男は卒業後の研修先となる病院を見学するために度々上京します。次男も含め医学生が目指すのは大学病院ではなく、臨床経験が積めるブランド病院や第一線病院なのです。

こうして大学病院医局の影響力は薄れ、かつて大半の医者が有していた医学博士号の威光もどこへやら、むしろ臨床経験重視の学会認定専門医資格の方が重要視される時代が到来しているのです。町医者の待合室にうやうやしく掲げられたK大博士にいかほどの意味があるのか、知らぬは患者だけというわけです。近所の皮膚科の女医に以前かかったとき患部も患者も診ませんでした・・・受付前にはK大博士の免状が・・・騙されてはいけません。

さらに庶民が一番お世話になる内科医はというと、大抵、週に一二度外来の日があって若い先生が診察にやってきます。彼らは大学病院の勤務医でバイトです。大学病院で消化器系の准教授を務める同級生がこう愚痴をこぼします。多忙を極める割に住宅ローンも抱え経済的には恵まれないと・・・そのため院外バイトは恒常化し、高度医療を行うはずの大学病院で担当医が不在ということが起こりえます。コンビニの数より多い歯科医の世界ではすでに経済的困窮が当たり前となり、平均年収は3百万円程度と言われています。早晩、財政を圧迫する保険医療制度は抜本的な見直しを迫られるでしょう、医者の世界もそうならない保証はまったくありません。

というわけで、筆者里見先生は、<今の医療で最も足らないことは「死なせること」だ>と断言します。そう、その役割を担うのはブラック・ジャックに登場するドクターキリコです。言い換えれば、医者よりナースの役割が重視されるということです。生かされている時代というのやはりどこか無理があるのでしょう。

医者の仕事を表す有名な言葉(by 結核エドワード・トルドー)が巻末に記されていました。原文はフランス語ですが、筆者はこう訳しています。本格的な高齢化社会を迎え、立ち止まって考えさせられる言葉です。

To cure sometimes(治すことは、時々できる)
To relieve often(和らげることは、しばしばできる)
To comfort always(慰めることは、つねにできる)


医者とはどういう職業か (幻冬舎新書)

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