ウィーン・フィルハーモニーの夕べ〜祝:サントリーホール30周年〜

昨夜は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートを聴きにサントリーホールへ足を運びました。お付き合いのあるD証券さんからご招待頂いたので有り難くお受けした次第です。そして、10月12日の今日は、サントリーホールが開場してからちょうど30年目にあたる記念すべき日となります。


あらゆる企業が利益追求に明け暮れ、日本経済はバブル絶頂期に向かってひた走っていた80年代、東京で最初のコンサート専用ホールを創るという構想を実現したのが当時のサントリー社長佐治敬三氏です。一企業家が四半世紀以上前にコンサートホールを創ろうという構想を温めていたこと自体、驚きに値しますが、東京のど真ん中で浪速の夢を実現しようとは今日でさえ奇蹟に思えてなりません。東京都民としては感謝してもし切れません。企業メセナ協議会が設立されたのは1990年、バブル崩壊後、文化芸術活動支援の熱が潮を引くように冷めていくなか、サントリーホールは着実に進化を遂げました。世界中から一流演奏家を招き、施設を世界屈指のイベントスペースへと変貌させました。カラヤン監修の音響はもとより、四方の観客席から舞台を囲むヴィンヤード形式を採用したことで聴衆と演奏家の距離感がぐっと狭まり臨場感が生まれました。



大ホールを囲む壁には、30周年を迎えたサントリーホールゆかりの演奏家たちの写真が所狭しと掲げられていました。左上は小澤征爾、右上はピアニストのマウリツィオ・ポリーニです。ウィーン・フィルウィーン国立歌劇場管弦楽団の選抜メンバーで構成され、常任指揮者を置いていません。指揮者を選び鍛えるのがウィーン・フィルの真骨頂なのです。フィルの運営すべてを団員自ら担うのも類い稀な特徴でしょう(コンマスに有望な若手が選出されるのはその一例です)。そのウィーン・フィルの恒例のニューイヤーコンサートを日本人として初めて振ったのが小澤征爾です(2002年)。30周年を迎えたサントリーホールを彩るのは、ベルリン・フィルでもロイヤル・コンセルトヘボウでもなく、やはりウィーン・フィルということなのでしょう。

そんなサントリーホールの30年の歩みこそ自身の音楽史そのものであり、互いに重なり合い共鳴します。今夜は、80歳を迎えたズービン・メータの指揮で次の3曲が披露されました。彼の来日は9年ぶりです。

1.モーツアルトドンジョバンニ』K527序曲
2. モーツアルト交響曲第36番ハ長調』K425(「リンツ」)
3.シューベルト交響曲第8番ハ長調』(「グレイト」)

エントランスで受け取ったプログラムは、緑色のベルベットで覆われた実に素敵な小冊子で、フィルの紹介にとどまらずウィーン・フィルハーモニーウィークで演奏される曲目すべてにライナーノーツが付されていました。

一糸乱れぬウィーン・フィルの絶妙の演奏もさることながら、年齢を全く感じさせないズービン・メータの矍鑠とした指揮ぶりに終始圧倒されました。数ある交響曲のなかでも「リンツ」の第2楽章はチェロやコントラバスのリズミカルなピチカートが印象的で、チャイコフスキー交響曲第5番ドヴォルザーク交響曲第9番の第2楽章と共に、記憶に残る名演になるでしょう。

アンコールはチャイコフスキーのバレエ組曲くるみ割り人形」から。浮き浮きするようなトレパック(ロシアの踊り)の余韻に浸りながら会場を後にしようとすると、D証券さんからデメルのクッキーのお土産を頂戴しました。贅沢な一夜に感謝感激でした!