当尾の石仏をめぐる旅(3)〜浄瑠璃寺の春〜

当尾を訪れる時期は新緑の頃がベストかも知れません。岩船寺境内にあじさいが咲くまで待つ手もあります。ただ、浄瑠璃寺を終点と決めたときから選択肢は春しかありませんでした。堀辰雄の短い随筆『浄瑠璃寺の春』を追体験してみたかったからです。山門手前の参道右手には、「どこか犯しがたい気品がある、それでいて、どうにでもして手折って、ちょっと人に見せたいような、いじらしい風情をした花だ」と堀辰雄に言わしめた馬酔木が白い花を咲かせていました。桜や白モクレンと混じって春の装いここに極まれりです。

小田原山浄瑠璃寺は九体寺とも呼ばれ、阿弥陀堂に入ると金色の丈六像(224cm)の中尊と半丈六像(139〜145cm)の8体の阿弥陀如来像(国宝)が一列でお出迎えしてくれます。本堂の奥行きが狭いのは扉を開け放って外から拝むように設えられたからだそうです。ひんやりとした空気を感じながら、扉を背にして阿弥陀様を拝んでいるとしばし西方浄土へ思いを馳せることができます。

梵字の阿字をかたどった池を挟んで奥まった高台には三重塔が聳えています。ちなみに庭園内の池は現在修復工事中でした。阿弥陀堂も三重塔(いずれも国宝)も京都府に残る数少ない平安時代の遺構です。ご本尊の秘仏薬師如来は三重塔に安置されていて、毎月8日(ほかに春分秋分の日など)に公開されています。


阿弥陀堂から説明を始めてしまいましたが、正しくは、まず三重塔の前で薬師如来を拝み、その場で振り返り阿字池越しに阿弥陀如来様に祈るのが正しい参拝の作法だそうです。宇治の平等院もそうですが、浄瑠璃寺の境内全体が浄土思想の世界観を示しているので、此岸から彼岸を臨まなくてはいけません。

参道を戻る途中、右手にあ志び乃店という名前の茶店があります。浄瑠璃寺と地続きの立派な庭を無料で鑑賞させてくれますので立ち寄るといいでしょう。モクレンの大木が満開でそれはそれは見事でした。浄瑠璃寺の春を惜しみながら、参道前から定期運行している木津川市コミュニティバスに乗車、駐車場のある岩船寺まで戻ると陽は大きく傾いていました。