冷戦下の実話に基づいた傑作「ブリッジ・オブ・スパイ」

昨年11月に放映されたNHKスペシャル「盗まれた最高機密〜原爆・スパイ戦の真実〜」は、太平洋戦争末期の原爆開発をめぐって繰り広げられた米独ソ諜報戦の知られざる実情を明らかにしてみせました。未だその記憶が覚めないこの時期に、スピルバーグ監督の新作”Bridge of Spies"は、冷戦下の米ソスパイ戦にスポットを当てて風化しつつある歴史の断片を見事に甦らせてくれました。原題がそのまま日本語タイトルになっているのも好感がもてました。

映画の前半、ローゼンバーグ事件についてサラリと言及があります。冷戦下、水面下で暗躍するスパイが捕らえられたとき、いかなる運命が待ち受けているかを示唆する重要なシーンです。映画は1957年にソ連のスパイアベル大佐がFBIに逮捕されるところから始まりますが、その4年前にローゼンバーグ夫妻はソ連に原爆製造の機密情報を売った容疑で死刑執行(電気椅子)されています(1953年6月)。当時、敗戦国日本は戦後復興の途上にあり、こうした熾烈な諜報戦は遠い世界の出来事だったことでしょう。


映画の主人公は、保険会社の法律顧問を生業とする弁護士ジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)。法曹協会の推挙を受けて渋々アベル大佐の弁護人に就任します。安全保障上の国益を脅かしたスパイ事件の被告人に対して、国家機関と一般大衆は当然のごとく極刑を望みます。しかし、弁護人ドノヴァンは、自由主義国家アメリカ合衆国の生命線である人権擁護とデュープロセス遵守のために敢然と法廷闘争に挑みます。合衆国が捕虜や被拘束者に対して理不尽な振る舞いをすればそれは自由主義国家の自殺行為に他ならないと冷静に考える弁護人ドノヴァンは、判事の私邸を訪れ、アベル大佐の処遇について国家の将来を見据えたある提案を行います。結果、アベル大佐は極刑を免れ、長期拘留されることになります。

その後、ドノヴァンの予見どおり、合衆国が極秘裏に派遣した偵察機ロッキードU-2が撃墜され(1960年)、パワーズ操縦士がスパイ容疑でソ連に拘束されてしまいます。ドノヴァンは、合衆国から委嘱されてスパイの身柄交換という困難なミッションに挑みます。折しも、ベルリンの壁が築かれ、社会主義陣営と自由主義陣営の対立は険しさを増幅していきます。不屈のドノヴァンは持ち前の粘り強さを発揮して、CIA高官の意向を撥ね付けて不可能と思える身柄交換を実現させます。

拘束されたスパイを尋問する場面や怒号飛び交う法廷の様子は、むしろ抑制的に描かれています。1960年前後の米ソ間の緊張関係を思うとやや理想主義的なキライは否めませんが、ドノヴァンの揺るがない主張とその行動力には強い共感を覚えました。合衆国はこうあるべしというスピルバーグ監督の理想主義、悪くないではありませんか。

時を刻む音さえ聞こえそうな史実に基づく映画は、やはり拵えモノとは重みが違います。いい映画でしたので、お薦めしておきます。