文春新書『朝日新聞』に見るマスメディアの凋落

慰安婦」問題や「吉田調書」に係る相次ぐ誤報で、昨年、紙面でドタバタ劇を繰り広げた朝日新聞の記者有志がその内幕を暴露したのが本書です。副題には<日本型組織の崩壊>とあります。

週刊誌を蔑んで憚らない記者連中が、匿名でしかも文藝春秋社から内部告発本を出版したというわけです。物心ついた頃から朝日新聞の購読者である"うりぼう"としては、多々思うところがあります。そういえば、昨日、池上彰氏の「新聞ななめ読み」連載が再開されましたね。この際、長年の読者という立場から、記者有志の言説に一石を投じてみることにします。

一連の騒動で最も腹立たしく感じる点は、朝日新聞が紙面の多くを費やして繰り返し検証記事の類いを掲載していることです。朝日の月額購読料は税込み4037円、読者は真っ当な情報提供に対してお金を支払っているのであって、誤報の経緯説明や謝罪記事に対してコストを支払う謂れはありません。本来、紙面で謝罪するのであれば、誤報関連に相当する購読料を返金するか、通常紙面とは離れてタブレット版(GLOBEの類い)等を新たに発行して詫びるのが筋だと思います。貴重な紙面には本来別の記事が掲載されたはずなのですから。長年放置されてきた慰安婦問題の釈明・検証記事を熱心に読んだ購読者はどれほどいたのでしょうか。うんざりされた読者が大半ではなかったかと推測します。購読料が真っ当なサービスの対価だという認識が、経営陣はおろか告発記者連中にもないのであります。解約が殺到し矢面に立たされた専売所の皆さんには、同情を禁じ得ません。

新書の帯には、<官僚体質の蔓延>、<エリート主義>、<権力闘争>、<社内カースト>といった大仰な言葉が並び、朝日新聞の上層部を大本営中国共産党に例えているようですが、記者有志の社会感覚や常識そのものを疑いたくなります。中国共産党に失礼というものです。新聞社が聖域だとでも思っているのでしょうか。人事管理の強化、経費の締め付けなど、民間企業のサラリーマンであれば誰しも経験していることです。企業同士合併すればタスキ掛け人事など当たり前です。吉田調書誤報の裏に派閥争いと官僚主義と断じるのは滑稽でさえあります。

最大の原因は、報道に携わる新聞人としての職業倫理(真実の報道・取材源の秘匿等)の欠如にあるのではないでしょうか。長年にわたって新聞社が記者教育を疎かにしてきたとしか思えません。経営トップも経営者である前に新聞人でなければなりません。裏付け取材のない原発撤退報道など言語道断です。デスクも部局長も進退を賭して根拠のないスクープを差し止められないとすれば、それは新聞社の自殺行為に他なりません。

新人教育について一言。例えば、保険会社に就職すれば、新人は大抵保険契約取りをやらされます。新人記者にも、数か月間、新規購読者の勧誘でもさせて社会の厳しさを教え込むといいでしょう。組織であれば大なり小なり、理不尽なことはあるものです。先の勇ましい言葉の羅列は告発記者有志のすり替えに他なりません。彼ら自身が腐敗した朝日新聞の象徴なのだと思います。法曹職や医師同様、新聞記者も高い職業倫理を求められる職業だと信じて疑いません。

社会の木鐸と称された新聞社も実に落ちぶれたものです。かつての朝日にはオピニオンリーダーとしての自覚と矜持があったように思います。本書に描かれる朝日新聞はそこらの民間企業となんら変わりません。寧ろ、新聞記者には高潔な矜持といい意味でのエリート意識を持ち合わせて欲しいと思っています。

池上氏は朝日新聞バブル崩壊後損失を先送りした日本の金融機関に見立てておられるようですが、護送船団方式の下、そもそも金融政策の失敗で未曽有の損失を抱え進退極まった金融機関と朝日新聞を同視するのは当を得ていません。巨額の損失一括処理などそもそも不可能だったのですから。支店長が殺されたり頭取が何名も自殺しています。これに対して、自殺に追い込まれた朝日新聞社の人間はひとりもいません。不動産賃貸亊業で潤う朝日新聞社には当面倒産のリスクはありません。その意味で池上氏の再開記事にもがっかりさせられました。

新聞記事は毎日現代史を刻んでいます。もとより、歴史を証言すべき新聞社自らがその歴史どころか経験(1989年のサンゴ事件)からも学んでいないことに愕然とさせられます。インターネットの普及で2014年の出版業は過去最大の4.5%減を記録し、新聞各社も購読者数を大幅に減らしています(2014年3月現在、朝日は過去10年で8.6%もの部数を失い752万6千部)。新聞離れという恐竜絶滅に匹敵する危機に瀕していることを新聞人は先ず自覚し、その社会的使命を再認識してほしいものです。朝日新聞のクオリティが改善することを密かに期待しながら・・・、死ぬまで朝日新聞(+日経新聞)を購読する一読者からの切なるお願いです。


朝日新聞 日本型組織の崩壊 (文春新書)

朝日新聞 日本型組織の崩壊 (文春新書)