漱石『心』刊行100年〜講演会・漱石『こころ』100年と現代〜

朝日新聞紙上で『こころ』の連載が始まったのは1914(大正3)年4月。今年が連載百周年の節目にあたることから、朝日新聞は4月から100年ぶりに紙面で『こころ』の連載を開始し、今週で全110回の連載が完結します。10月からは『三四郎』の連載が始まるそうです。

9月20日岩波書店が『心』(新聞連載時のタイトルは漢字で副題は<先生の遺書>でした)を出版した記念すべき日にあたります。というのも、1913(大正2)年に古書店としてスタートしたばかりの岩波書店が初めて出版した本が『心』だったからです。当時、無名だった岩波書店がすでに小説家として名を成していた漱石からよく出版の許しを得たものです。しかも驚くことに、出版費用(初版2000部)は漱石自身が負担したそうです。『心』は自費出版の自装本だったということになります。岩波書店では近々復刻版を刊行する予定だとか。

そんな経緯を露知らず、豪華な講師陣に惹かれて、9月20日(土)に新宿住友ビルで行われた「漱石『こころ』100年と現代」と題する講演会に足を運びました。第一部は大江健三郎さんによる講演、第二部は『続・明暗』や『日本語の亡びるとき』で知られる水村美苗さんと漱石研究者小森陽一さんの対談という二部構成でした。

大江さんは事前に準備された大量のメモを片手に、『こころ』に背後に隠された作者の意図を丁寧に読み解いていかれました。大学を卒業する前に徴兵猶予のあった北海道後志国に送籍した漱石が生涯贖罪の意識を持ち続け『こころ』の先生に自身を重ね合わせたという丸谷才一さんの論証に強い説得力を感じました。また、『こころ』全編を貫く真面目さに心を打たれたという古井由吉さんの解説(岩波文庫収録)をひきながら、福島原発事故を振り返り、今こそこの「真面目の力」を取り戻し発揮すべきだと訴えられました。確かに、『こころ』には100年経った今に通じるメッセージが込められているのかも知れません。両氏が同時代の優れた小説家兼評論家であるという大江さんの讃辞にすんなり頷けました。

用意周到な大江さんの講演会に比べると、対談は場当たり的でさながら雑談だったのでがっかりさせられました。講師には大江さんの真面目さを見習って欲しいものです。
特に小森先生のリードが拙かったので、水村さんは内心当惑気味だったのかも。『こころ』の第三部が下手だという水村さんの指摘には同感です。教科書にふさわしい作品ではないという点もそのとおりだと思いますね。

こころ (岩波文庫)

こころ (岩波文庫)