「風立ちぬ」の辛口評価

昨夜、新宿ピカデリー宮崎駿の5年ぶりの新作「風立ちぬ」を観てきました。19時過ぎからの上映にもかかわらずほぼ満席。若いカップルも目立ち、ジブリ人気は依然衰えを知らないようです。

ポニョ前後から期待外れ続きだっただけに、零戦設計技師堀越二郎氏を主人公に据えた新作にことのほか期待を寄せていましたが・・・・残念なことに今回も期待を裏切られました。実在の人物に堀辰雄の『風立ちぬ』から着想を得てラブロマンスを絡めた点が明らかに失敗でした。

その結果、美しい飛行機を作りたいとひたすら願う堀越青年技師が皮肉にも兵器開発に携わり、抱えることになる心の葛藤を十分に掘り下げることのないまま、映画は終わってしまいました。試行錯誤の末に開発した零戦が試験飛行を迎え、首尾よく成功したときの堀越技師の描写も実に中途半端でした。上映時間を思い切って倍くらいにすれば、納得のいく作品に仕上がったのかも知れません。

悲恋を取り上げることに殊更時間を割いたために、時代背景の描写がなおざりにされたように思います。思想犯を取り締まる特高の恐怖や軍部の強圧的態度が全く伝わってきません。戦争の特異な点は非日常の倫理や道徳が支配すること。戦争空間が放つ緊張感があまりにも希薄な映画になってしまいした。

これまで実在の人物を主人公に取り上げなかったジブリが初めて挑んだ作品だけに、新境地のリアリズムを表現して欲しかった。脇役陣にも実在の設計技師本庄季郎やイタリア設計技師カブローニを配しながら、主人公との関わり方が散漫でピント外れの写真を見せられるようでした。

唯一、印象に残っているのは最新鋭試作機を牛車が引っ張るという場面。三菱重工名古屋航空機製作所には隣接する飛行場がなく、50キロ近く離れた各務原飛行場へ完成した胴体や翼を運ぶという実話に基づいています。堀越技師の天才的ひらめきと技量で誕生した零戦が牛車で運搬されるという一点に、破滅へと向かう国家の運命が暗示されていると感じました。

ジブリ作品には「風と谷のナウシカ」と「火垂るの墓」という戦争をテーマにした2つの金字塔があるだけに、「風立ちぬ」に期待したファンは多かったはずです。科学文明の行きつく果てに最終戦争を迎え崩壊した人類が異形の生態系に覆われるという終末世界を描いた「風と谷のナウシカ」、そして徹底したリアリズムで戦争孤児の悲惨を描いた「火垂るの墓」を凌ぐのは、天才宮崎駿にして難しいということなのでしょうか。

まだ観ていませんが、出来栄えは同時上映の「少年H」や「終戦のエンペラー」に軍配が上がるかも知れません。12月公開の「永遠の0」に期待することにします。