『等伯』VS狩野派

昨年は原田マハさんの『楽園のカンヴァス』が直木賞候補となり、今年は安部龍太郎氏の労作『等伯』(上下巻)が直木賞を射止めました。19年ぶり二度目となる候補作が見事直木賞を受賞され、作者の安部氏は等伯の苦難を自らの人生に重ね合わせたといいます。

かたや、『楽園のカンヴァス』には、ルソーをはじめピカソなど同時代の画家が数多く登場します。洋の東西を問わず、画家やその作品をモチーフにした小説が脚光を浴びる背景には美術ファンの層の厚さがあるように思います。小説や評伝を読むと絵画鑑賞とは違った愉しみが味わえます。そんな歓びを追体験したい美術ファンが少なくないのでしょう。

数年前、智積院宝物館を訪れたとき見た長谷川等伯・久蔵親子の傑作「楓図」「桜図」。その背後に筆舌に尽くし難い艱難辛苦があったことを『等伯』を読んで初めて知りました。等伯は33歳で郷里七尾を離れ上洛、一流の絵師を目指して日々精進を重ねます。時は安土桃山時代、信長から秀吉へと治世が移ろうなか、時の権力者に迫害され人生を翻弄されます。その一方、御用絵師として揺るぎなき地位を築き隆盛を極めていた狩野派からは、町衆相手の絵屋と蔑まれます。『等伯』は、身内を襲う悲劇やこうした画檀の差別を克服し畢生の大作「松林図屏風」を完成させるまでの長谷川等伯(信春)の生涯を描いています。史実を膨らませながら全体として見事な創作に昇華させています。そして下巻では、親を凌ぐ腕前にまで成長した子息久蔵の死の真相に迫ります。

狩野派との幾多の確執を乗り越え未開の画境に到達した等伯の生涯を知り、あらためて彼の代表作を見たいと思いました。

等伯 〈上〉

等伯 〈上〉

等伯 〈下〉

等伯 〈下〉