『母の遺産』を読んで

1年あまりツンドク状態だった水村美苗さんの小説『母の遺産』をようやく読み終えました(やれやれ!)。読売新聞に連載されていたので副題に新聞小説とあります。作者自身の介護体験を基に書かれただけあって、本書を読むと、核家族世代にとって老親の終末を看取ることがいかに難事かが分かります。介護世代の新聞読者にはカタログ小説と映ったかも知れません。胃瘻や経鼻経管栄養といった医学用語も度々登場するので、登場人物の会話からは十分すぎるほどリアリティが伝わってきます。フィクションのなかの桂家は水村家の歴史の投影といっていいでしょう。家族の系譜を扱う小説の影が薄くなりつつある今、『母の遺産』に却って新鮮さを感じました。

漱石の遺作の続編に挑んだ『続明暗』で91年にデビューした水村美苗さんは、寡作ながら数年おきに出版する作品の殆どが何らかの文学賞を受賞するという実力派です。漱石文体模写に挑戦した処女作を読んで以来、新作を楽しみにしています(ウィリアムモリスの装画も気に入っています)。12歳で家族と共に渡米した経験が日本語に対する感性を研ぎ澄ませたのでしょうか、村上春樹にも云えることですが、外国で日本文学を教えた経験をもつ書き手にはどこか惹かれます。

母の遺産―新聞小説

母の遺産―新聞小説