『舟を編む』を読んで

ブックレビューで辞書編纂にまつわるストーリーだと知って読んでみました。2012年の本屋大賞受賞作だけあって、辞書編集部というお堅い職場を舞台にしながら、ユーモア溢れる作品に仕上がっています。語り口も軽妙で辞書作りの舞台裏が次々と明かされていきます。

恋愛小説仕立てのストーリーもさることながら、興味をそそられたのは寧ろ辞書作りのプロセスの方でした。なかでも、製紙会社の営業マンが編集部を訪れ自社製品のアピールするシーンが強く印象に残りました。辞書に使われる紙の品質について微塵も考えたことがなかったので、次の会話はとても新鮮でした。

編集部 「どれもすごく薄いですね」
製紙会社「はい、『大渡海』のために、弊社が開発した自信作です。厚さは五十ミクロン。重さも、一平方メートルあたり四十五グラムしかありません」
製紙会社「しかも、それだけ薄いのに、裏写りはほとんどしません」

ごく稀に単行本でも頁裏に印刷されている文字が透けて見えたりすることありますが、粗悪な紙を使っているからでしょう。

編集部はこれで大満足かと思いきや、主人公の馬締さんはこう叫びます。
馬締さん「ぬめり感がない!」

なじみのない「ぬめり感」という言葉、紙同士がくっつかずに(1頁ごとに)指に吸いつくようにめくれる感触を指すのだそうです。手元にある辞典を片っぱしからめくってみると、確かに指にまとわりつくような独特の感触が認められます。

十年単位の時間を要する辞書作りに込められた労苦の一端が偲ばれます。無人島に一冊本を持って行って暮せと云われたら、迷うことなく手元にある『広辞林』を持参します。『舟を編む』のお蔭で辞書への愛着が一層深まりました。

舟を編む

舟を編む