エベレスト〜世界最高峰を撮る〜オンエアに思う

2012年1月2日にNHKスペシャルで放映されたエベレスト頂上からの景色は圧巻でした。NHKからの最高の贈り物(お年玉)と云って過言ではないでしょう。かつて、登頂に挑んだ3人に1人が命を落すと云われたエベレスト、幸運に恵まれて頂上を極めることが出来たとしても過酷な自然は決して眺望を保証してくれるわけではありません。平地の10倍で時が経つという頂上に一瞬でも長く留まれば、それだけ命を危険にさらすことになります。貴重な映像の背後に死と隣り合わせの時間との格闘があったわけです。

http://www.nhk.or.jp/special/everest/img/interview/interview_pic_06.jpgその峻厳な世界の頂きに大型の高画質バイビジョンカメラを担ぎ上げて世界で初めて挑んだ360度のパノラマ撮影、オンエアされるまでこれほど美しく清澄な映像を追体験できようとは想像だにしませんでした。最終キャンプ地サウスコルからヒラリーステップと呼ばれる稜線へと歩を進めるなかで撮影された朝焼けのヒマラヤひだは思わず息を呑むような美しさでした。頂きからは澄み切った蒼弓を背景に悠然と拡がる世界の屋根を、眼下奥深くにはベースキャンプへと連なるエベレスト街道を一望できます。

http://www.nhk.or.jp/special/everest/img/interview/interview_pic_07.jpg1953年5月29日午前11時30分にエドモンド・ヒラリー卿とシェルパのテンジン・ノルゲィが初登頂を果たして以来、登山家を魅了し続けてきた世界最高峰に辿りつけたのは幸運に恵まれた極少数の人々(4000人程度)に過ぎません。(暖房の効いたソファに座って)世界の頂きからのパノラマを高画質の映像によって追体験出来ることは確かに嬉しい反面、自らの命を賭して登頂した者だけが見ることを許される絶景はやはり封印されるべきではなかったかと何処か割り切れない思いに囚われました。シェルパの多くはチベット仏教を信仰し、ベースキャンプでは必ずプジャと呼ばれる安全祈願の儀式が挙行されます。高地に慣れたシェルパも命懸けで登山家をサポートをします。NHKカメラマンに遂行したシェルパのお兄さんが3年前に崩落してきた氷塊で命を失っています。彼らの敬虔な祈りの遥か高みにエベレストの頂きがあることを忘れてはなりません。

1996年5月に12人の登山家の命を奪った悲劇を克明に綴った『空へ』(ジョン・クラカワ著・文藝春秋)(原題:"Into Thin Air")は、上質なノンフィクションであるばかりではなく、エベレスト登山(とりわけ一流ガイド付きの商業登山)の実態を知る上で格好の教材です。田部井さんに次いで二人目の日本人女性エベレスト登頂者となった難波康子さんは下山途中に遭難し命を落としています。番組中にもひとりの日本人が遭難し遺体がシェルパによって搬送される映像が流れました。今回、4名のNHKカメラマンが無事登頂を果たしエベレストからのパノラマ撮影に成功したのは、入念な準備に加え、日々刻々変化する山頂の気象条件を冷静に分析した上で、徒にアタックを急ぐことなく辛抱強く好天を待ったからに他なりません。装備がどれだけ進化しても、一瞬の判断が生死を分けるエベレスト登山の過酷さに変りはないようです。