『日輪の遺産』が託した戦後

http://msp.c.yimg.jp/image?q=tbn:ANd9GcQhNSO7qNIntToP2uCLhSRoLnMEthPdardKXEdBfY2Jbq159WDvfwRevnk:http://www.cinemacafe.net/img/template/201106/110615_nichirin_main.jpg今年で開戦70年、NHKが数少なくなった戦争経験者の証言を集めて記録し戦争アーカイブとして保存しようとしています。12月からNHKスペシャルとして放映された数々の戦争証言は、有史以来もっとも平和な時代を生きる我々には到底想像の及ばない戦場の記憶を甦らせてくれます。生き地獄さながらの戦場からかろうじて生還した兵士たちの証言からは、戦争という名の不条理に対する怨嗟に加えて慙愧の念と共に生き永らえる苦悩を窺い知ることが出来ます。生き延びた兵士たちがそれぞれに背負いこんだ戦争体験は復員後も家族にさえ封印されてきたものが圧倒的に多いようです。かぎりなく重たい内容だけに、絞り出すように紡がれた言葉によって戦場の惨禍は却って浮き彫りにされてしまいます。

こうして記録された証言を通じてしか戦争を知る機会が乏しくなった今、逞しい小説家の想像力が平和ボケした現代人の貧しい想像力を覚醒させることがあります。この夏、映画化された浅田次郎氏の初期作品『日輪の遺産』がいい例です。この小説には発表当時、<消えたマッカーサの財宝>という副題がつけられていました。終戦間際に政府が戦争遂行のために秘かに蓄えていた巨額の財産を連合軍から守るために隠匿するというM資金さながらの筋書きに登場人物は翻弄されていくことになります。主人公は、学徒動員されて死すべき運命を受け容れた同級生のなかでただ一人生き延びることになった金原久枝という女性です。戦場は砲弾の飛び交う前線にとどまらず銃後の守りに就いた婦女子が働く職場にまで拡がり、戦禍は非戦闘員にまで容赦なく襲いかかります。内地で留守宅を預かった非戦闘員の戦後にも戦争が深い爪痕を遺したことを知っておくべきでしょう。

作者自身が認めるようにやや冗長のきらいのある小説でしたが、映画化されて結果的に枝葉末節が除かれすっきりした内容になったように感じます。売れなかったという『日輪の遺産』には優れた小説だけがもつ想像力を喚起するという効能が備わっています。残念ながら、この作品が託した未来はあるべき姿かたちからは大きくかけ離れ修復の効かない様相を呈しつつあります。作者が信じる活字の力で誤った国のかたちが少しでも正されたらと願わずにはいられません。『鉄道屋』にも泣かされましたが、「うその按配には責任を持つ」という作者の気概にこれからも期待しています。