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東日本大震災から3年〜震災遺構の保存について考える〜

<もう3年なのか、まだ3年なのか>という朝刊の小見出しに目が留まりました。今なお、避難生活を強いられている被災者が26万7千人、仮設住宅入居世帯は凡そ10万4千世帯にのぼるそうです。なかなか実感しにくい数字ですが、目黒区の住民がまるごと避難を強いられていると考えれば、復興への道程がいかに険しいものかが分かります。避難生活から解放されない被災者は、3年経ってもなお震災に伴う苦難を実生活で背負い続けているということになります。

東日本大震災三周年追悼式典において、安部総理大臣は被災地を訪れるたびに復興の歩みを実感するというような趣旨の式辞を述べておられましたが、復興が遅々として進まないのは明らかに政府の失錯であって、行政トップとしての自覚が欠けているように思えてなりませんでした。総理が確かな復興の息吹きを感じとったとすれば、それは被災者や地方自治体職員の懸命な努力の賜物であって、決して政府の功績ではないはずです。

大震災から3年、まだ被災地を訪れたことはありません。そろそろ機会を見つけて現地を訪れ、この眼で震災の爪痕を確かめたいと思っています。東京でも恐怖を感じるほど激しい揺れを感じましたが、それは一瞬で計画停電による混乱が収まるとじきに平穏な暮しを取り戻し、折節メディアが報じる被災地の様子を茶の間から眺めているうちに、歳月は流れました。息災無事だった我々は、ただただ天に感謝するほかありません。現実的に出来ることがあるとすれば、この天災地変を命あるかぎり記憶にとどめ、3月11日2時46分に黙祷を捧げることくらいです。

被災地では復興が進むなか、次々と震災の遺構が撤去されているようです。骨組だけ残った南三陸町の<防災対策庁舎>を震災遺構として保存すべきかそれとも解体すべきか、論議を呼んでいます。家族を喪ったご遺族のなかには<辛いからもう見たくない>という人がいる一方、<娘が生きた証だから残してほしい>という声もあるそうです。国が保存費用の一部を負担することが決まり、昨秋から、解体に傾いていた各自治体の対応に変化が生じたのだと報じられています。南三陸町では、この件について町民同士が論議することはないのだそうです。町を分断しかねないのでタブーという暗黙の理解が出来あがっているのでしょう。だからといって、有識者会議でこれを決するという行政の判断にも違和感があります。

財源は復興最優先という方向性のなか、昨年、岩手県宮古市の<たろう観光ホテル>が震災遺構1号に指定され、一昨日宮古市が土地建物を取得したと岩手日報が報じています。2015年度には一般公開されるようなので、是非見学したいと思っています。歳月の経過と共に、震災にまつわる貴重な証言や記録が風化していくことは紛れもない事実です。反対意見も承知の上で、個人的にはこうした震災遺構を可能なかぎり保存し後世に伝えていくことこそ、有意義だと考えています。迫真の映像を以てしても、伝え切れない価値がそこには残ると思えるからです。

3月11日の今日、被災者の方々に衷心より哀悼の意を捧げます。